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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1155号 判決 1950年9月05日

控訴人 被告人 崔栄日

弁護人 伊藤武一

検察官 片桐孝之助関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人伊藤武一の控訴趣意は、別紙の通りである。

その第一点について。

小切手で金員の融通を受ける場合に、小切手を相手方に譲渡し、その対価として金員を取得する方法と小切手を担保又は保証に提供して、金員を借用するとか、或は金員を借用してその返済方法又は返済に代えて小切手を交付する等の諸場合があつて、これは、孰れも私法上の解釈問題の前提として確定しなければならない事実に属するけれども詐欺罪の成否については、借用名下に金員を取得しようと小切手を譲渡しその対価として金員を得ようとその間に差異は認められないのである。而して本件においては、原判決は被告人が、本件小切手を、不渡小切手であるのに、そうでないかの如く装い被害者梅村健吉を欺罔し、同人から右小切手の額面金額に相等しい金一万三千円の交付を受けたことを認定し、右小切手の交付が借用金の返済方法か又は返済に代えて交付されたものか私法上如何なる性質を帯びているかについては明確にされていないけれども、これは、詐欺罪の成否には、関係がないので、犯罪事実の説明としては不備もくいちがいもない。又被告人は、本件犯罪事実を自認又は自白していないけれども証人梅村健吉、同牧野義雄の原審における供述と被告人の原審における供述により、被告人が被害者梅村健吉を原判示のように欺罔する故意のあつたことが十分に認められる。論旨は、独自の見解で、原判決を非難攻撃するもので理由がない。

第二点について。

わが刑事訴訟法においては、証人尋問について、誘導尋問を禁止する規定はないが、誘導尋問が正当でないことは、勿論であるが、誘導尋問が為されたことによつて直ちに証拠能力を喪失するものと解することはできない。英米法のように誘導尋問も場合によつては、認めねばならないこともあるし、若し誘導尋問が正当でないときは、裁判長の訴訟指揮権によつて、これを制限することもできるし、当事者においても、異議を申立てることもできるのである。わが刑事訴訟法は陪審制度をとるものでなく、熟練した裁判官が証拠の価値判断をするのであるから、たとへ不当に誘導尋問がなされたときでも、証拠能力があるかないかの問題は起らず、証拠の証明力があるかないかの問題が生ずるだけである。而して証拠の証明力は、裁判所の自由心証によつて決せられるのである。従つて証人梅村健吉が論旨のように検察官により誘導尋問されたからと言つても、これを証拠とすることに違法はない。論旨は理由がない。

その第三点について。

本件詐欺の手段方法、被害金額、被害者との関係や被告人に累犯の事由となる前科があること並にその経歴、家庭の事情等の諸般の情状を綜合するときは、原判決の量刑は、相当で、論旨は、理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により、本件控訴を棄却する。

(裁判長判事 堀田齊 判事 鈴木正路 判事 赤間鎭雄)

弁護人伊藤武一控訴趣意書

第一点原判決ハ事実ヲ誤認シタル判断カ或ハ判決理由ニ齟齬アルモノナリト信ズ。

世間ニ於ケル一般個人間ノ手形、小切手ノ授受ニヨリ行ハルル金員ノ融通ヲ見ルニ(イ)対人的ノ貸借関係ニ在ルモノカ、(ロ)又ハ手形、小切手ヲ割引シ即チ手形、小切手ヲ譲渡シ、手形所有権ヲ取得スルコトニヨツテ対価ヲ支払フ方法ニ在ルモノナリト信ス。而シテ本件起訴状ニヨレバ「云々金一万三千円程貸シテ欲シイ」ト申込ンダ旨ノ記載アリ、又原判決認定事実トシテ摘示セラレアル点ニ於テモ「云々金一万三千円貸シテクレ云々」ト申込ミシ旨認定セラレアリテ資金貸与方申出テタルモノナルコト明ナリ。一面被害者梅村健吉ト被告人トハ、昭和十二、三年以来ノ知己ナルガ、横線小切手振出人タル牧野義雄ト被害者梅村健吉トハ面識無ク又一回ノ商取引モナキ間柄ナリトス。梅村健吉ノ証言ニヨルモ「云々現金一万三千円貸シテ呉レト申シマシタノデ云々」ト供述シ居リテ、其ノ梅村健吉ト被告人トノ間ノ金一万三千円ノ融通取引ガ手形(小切手ノコト)割引ニヨリ手形所有権ノ移転ニ対スル時価ノ支払ニアラズシテ、単ニ現金ノ貸借即チ対人的ノ貸借関係ニ在リシモノナルコトヲ窺知シ得ベキモノナリト信ズ。

被害者梅村健吉ハ名古屋市東区車道町ニ至極立派ナル店舗ヲ構ヘ、盛大ニみしん販売業ヲ経営シ居リ、昨年春ノ名古屋市会議員選挙ニハ候補者トシテ立チ活動シタル人物ニテ、営業取引ニ於テモ其他世間ノ一般経済事情ニハ相当精通シ居ル人物ナルコトモ亦明白ナリ。カヽル人物ガ面識無キ牧野義雄ノ振出シタル小切手ニテ然モ横線小切手ヲ輙ク割引スルガ如キ事情ハナカルベキコトモ亦察シ得ラルル處ナリ。殊ニ横線小切手ヲ以テ支払人タル銀行ヨリ其支払ヲ受ケント欲セバ必ズ所持人ガ取引アル銀行ヲ通シテノミ呈示スルモノニシテ、証人牧野ノ証言ノ如ク小切手ヲ銀行ヘ差出シテヨリ二日間ヲ経過シタル時ニ始メテ交換所ニ呈示セラルルモノナレバ、被害者梅村ニ於テモ本件係争小切手金ノ支払ガ月曜日タル昭和二十四年二月二十八日ニハ到底現金トシテ自己ノ手ニ入ラザルモノナルベシトノ事ハ充分承知シ居リシモノト見ルベキハ当然ノコトト信ズ。

而シテ当時ノ被告人ノ真意トシテハ、被害者梅村ヲ錯誤ニ陷ラシメントスル意思及ビ其錯誤ヲ利用シテ金一万三千円ノ金員ヲ梅村ヨリ騙取セントノ犯意ハ全然ナカリシ次第ナリ。

若シ夫レ本件ノ一万三千円ノ融通が手形割引ニアラズシテ個人間即チ対人的ノ貸借関係ニ在リシモノトセハ、本件ノ横線小切手ノ授受ヲ以テ直チニ被告人ノ欺罔行為ナリト云フヲ得サルベク結局被告人ニ犯意アリトハ云フヲ得サルモノナリト信ス。

第二点仮ニ一歩ヲ譲リ原判決認定事実ガ被告人ト梅村間ノ対人的金銭貸借ニ非ザルモノトスルモ、其証拠トシテ引用セラレタル証人梅村健吉ノ証言ハ所謂証拠能力ナキモノナリト信ス。即チ、同証人ノ供述ハ検察官ノ直接訊問ニ始マリ其問答ノ第七項ニハ「問若シ其小切手ガ其ノ時不渡デアルト云フコトガ判ツテ居レバ、証人ハ被告人ニ金ヲ貸ス様ナコトハシナカツタネ、答、左様デス」ト記載セラレ在リテ、此ノ本件犯行ニ付キ有罪ノ断材ニ関シ重大ナル点ニ付キ検察官ノ誘導訊問ニ基ク供述ナルコト明白ナリトス。

従ツテカカル誘導訊問ニヨリ供述シタル点ハ、犯罪成立ノ認定ノ証拠トシテ援用セラルベキ能力ナキモノニシテ、訴訟手続ニ付キ法令違反タルベク、然モ這ハ判決ニ影響ヲ及ボスコト明カナルモノナリト信ズ。

第三点尚ホ百歩ヲ譲リ仮ニ原判決認定事実ニ誤認等違法ノ点ナシトスルモ、本件ハ科刑不当ノモノナリト信ス。即チ被害者梅村ハ昭和十二、三年以降ノ知己ノ間柄ナル被告人ガ僅少ナル金額一万三千円也融通ヲ受ケ(昭和二十四年二月二十六日)以後起訴セラレタル昭和二十五年三月四日迄ノ間告訴手続等ナク放任セラレアリシ点、並ニ起訴後被告人ト被害者トノ間ニ示談解決シタル点ヲ考慮セラルベキモノニテ、本件ハ甚ダ以テ微罪ナレバ、原審ガ言渡シタル科刑ハ不当ナリト信スル次第ナリ。

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